ちうごくの旅  2002/5/28-6/14    北京編へ  洛陽編へ  桂林編へ 広州編へ 

6/13
 起床8:30、朝食は無料でセット3種から選ぶ。相変わらず良くわからんが餃子の文字を頼りにCセット。まあそこそこ。その後、桂林で会ったI氏に電話。昼飯をご一緒することになった。じゃあそれまでにまた川向こうの浦東地区に行こう、出発前に八十二銀行の上海営業所ができたというパンフレットがあったので、行って見た。まあこじんまりした事務所であったが、所長さんともう一人の方にお相手していただく。中国の投資事情についてお話を伺う。やはり香港経由のほうがいいらしい、銀行さんも二の足を踏んでいるのだが、そうはいっても乗り遅れないために事務所を開いたとのことだ。前の会社のことも良く知っており妙に盛り上がってしまった。ビルの1回でスタバがあったのでサンドイッチとコーヒーを頼む。町のレストランの夕食が十分食べれる値段であった。
スタバをでたらこんな景色
 さて、お次は下町っぽいところに行ってみた。バイクのリアトランクをみんなつけている。きっと安いに違いない、探してみたがなかなかバイクやは見つからず断念。歩くのはチかれたんで地下鉄を利用しながら、ホテルに戻る。

 戻ったらすでに12時を回っていてI氏は見えていた。ごめんなさい。お勧めのレストランに連れて行ってもらう。ここは良かった、うまいしそんなに高くない。さすが、駐在良く知っている。しばし歓談。そんで、支払いはなんとなくそんな感じはしたが、すっかりご馳走になってしまった。ありがとうございます。
 ついでにまだ時間があるから少し案内しますよということで、とことん甘える。南京路という歩行者天国や、町並みからテレビ塔が見えベストポイントの歩道橋など。
後ろにテレビ塔、下が南京路のホコテン
 また実用情報では上海では薄緑色のタクシーは安全、というかぼらない。アズキ色のは最悪とな、何台待ってでもアズキ色だけは乗っちゃだめだ。その最悪のに乗ったわけだ到着してすぐ。情報その2、世界最古の商売については上海で600元、シンセン300元、ヤンショウ100元だそうな。地域格差がすごくある。

 3時ぐらいにI氏は仕事があるといって分かれたが、夜飲みに連れて行ってもらうことになる。引き続きデパートで涼みがてら物価調査。へんち膏という薬は1900元、PHILIPSのDVDプレイヤー一番安いので800元、デジカメはソニーのP55250元、P503280元、P302880元日本と変わらんな。(当時の値段。って1年前だけど)中国語と英語の翻訳機もいろいろ売っている。外に出て、下町っぽいところを歩く何とか寺に行ったのだが、工事中。荷物が増えたんで、スーツケースを買った。これは無印だったのでいつ壊れることやら?とりあえずその他また買い物、ノースフェイス?のバッグパックもこれは安かった。あまり本物とは思えない。
ちょっと下町っぽいな。御徒町とかに雰囲気が似ている。
 6:30にホテルに戻り休憩。8:00からI氏と食事、今回は日本で言えばジャスコのファーストフードエリアみたいなところに行った。店が6軒ぐらい入っている。一皿におかずとご飯が一緒に乗ったものの種類も多々あるし、イタリアンや中国麺屋など安くそろっている。まあ飲みに行くのがメインなので、適当に頼んで食ったがそこそこであった。

 さて、駐在員のオアシス、カラオケ屋である。この店はいいですよと言うので、もうすっかりお任せ。I氏は愛人がうるさくて最近なかなかこれなかったんで口実付いてうれしそうだ。ということで、おなじみさんがいる。また可愛いんだが、愛人と顔が似ている。指摘するといやーそうですかとしきりに照れる。で、こちらも10人ぐらい並んだ中から選べという。日本語しゃべる人が半分ぐらいでその中でも美人さんにする。室内だからほんとのところは良くわからないけど、見た目はとーてもきれい。23歳といったような気がする。I氏いわく20過ぎたらもうだめ。17ぐらいの子がどんどん内地から出てくるからだそう。だってきれいなのにだめなの?日本語もこんなにうまいのに。でもうまいのには理由があるのだよという。実体験からかかなり手厳しい。なにせ、南のほうはカネカネカネ!人格痛んでるよ。明日朝早いので11時ぐらいに店を出て、ホテルに戻る。お値段は一人550元、プラスチップで200元。わーお高い。

 しかしI氏はバイタリティのある人だ。こっちでは何度けんかしたかわからんそうだ。一度ならず公安(警察ですな)のお世話にもなった。ぼられそうになって、主張するからだそうだが、言葉ができるからだけではないだろうな。中国ではこれくらいで無いと仕事なんかでき無そうな気がする。言葉と言えばぜんぜん普通にしゃべっているのだが、商談では通訳を使うそうな、万が一を間違えたらいけないからだそう、ただし、自分は話せないんだけど理解はしてるんだというメッセージは常に送っていて中国人同士で秘密に話をさせないように牽制している。シビアですな。

6/14 最終日だ
 起床朝6時、荷物をパックしてから虹橋空港に向かう。浦東空港は遠いがこっちは近い。ここはバスで失敗したらまずいのでタクシーを使う、きちんと、うす緑色のにした。さすがメーター使うし、荷物を持ってもくれた。空港に到着、免税店ではないが土産やで親類などの土産を買う。なんか食ってからお世話になって言葉のわかる人たち(池さん、李さん(洛陽の通訳)張さん(桂林))に電話で帰国の旨伝える。搭乗したのは9時だった。ここで、日本時間に戻したら10:00になった。日本人団体さんも多くかなりやかましい。で離陸した、さよーなら中国大陸。

 今となってはきっと何か食べたんだろうなという機内食や、日本の新聞などで時間は過ぎて行った。1:00ごろに成田着無事日本にかえりついた。なんか知らんが記録では京成日暮里に着いたのが3時ぐらいだそうな。何やってたんだろう?そうでもないか待ちがあればそんなものか、急行かなんかで来たかもしれない。4時ぐらいの新幹線で佐久平へ。バスに乗って家に帰り着いたは5:30でした。

 ということで 【18日間ちうごくの旅】、ながながお付き合いいただきありがとうございました。