その世界は、朱に染まっていた。
空は夕焼けで燃え、海は夕焼けを反射し、そして。
大地は、血で染まっていた・・・。
その地獄の中で、一人の少年が、瓦礫と化したビルに背をもたれ、俯き座り込んでいた。

(ああ・・・、目が霞むな・・・)

ぼんやりとした頭でそんなことを考え、目元を手で拭う。
拭っても、拭っても・・・拭い切れはしない。
その手が、自らの血で真紅に染まっていたから。

(ダメ・・・だな・・・)

霞む目で真っ赤な手を見て、拭うことを諦める。
視線を少し上げる。
誰か・・・自分の良く知っている筈の、「誰か」が倒れていた。
何人も居る。もう、誰が誰かはわからない。
霞んだ目には、その「誰か」がぴくりとも動かないこと、そして、その周囲が真っ赤に染まっていることしかわからなかった。

「皆・・・死んじまったのか・・・」

掠れた呟きを発し、真紅の空を仰ぐ。
もう、周囲には紅しか見えない。

「”アイツ”と・・・同じ所に逝ったんだな・・・」

瞬間、耳が微かな物音を感じた。
誰かが、近づいて来る。

「そう・・・か・・・、次は・・・俺か・・・」

呟き、ゆっくりと立ち上がる。
足音が、止まる。
恐らく、”奴”は目の前にいる。
だが、彼の目はもはや何も見ることが出来なかった。

「は・・・、さっさと殺るが良いさ・・・」

口元に笑みを浮かべ、呟く。
もっとも、”奴”は元よりそのつもりであろうが。
甲高い、金属が触れ合う音が鳴る。
”奴”の刃が近づいてくるのが分かる。

(終いだ)

だが、彼はここで初めて、何かが自分の頬を伝うのに気付いた。
・・・涙だ・・・。

「畜生・・・」

彼の脳裏に、今までの人生・・・・・・短い、ほんの十数年の人生の記憶がよぎる。
大切な・・・、大切な、記憶が。

「皆・・・、悔しいよ・・・」

彼がそう呟いた次の瞬間、彼の体は貫かれた。
血が、吹き出るのが分かる・・・。
最後の瞬間、
彼は、一人の少女の名を呟いた。


1st
傷だらけのmemory


彼は目を開けた。
視界に、蒼く澄んだ空が飛び込んでくる。

(あー・・・、寝ちまってたか・・・)

そこは、学校・・・私立天照高校の屋上だった。
彼・・・陽陰 陣(よういん じん)は、体を起こすことも無く左手の黒と銀のメダロッチを見る。
液晶に表示された現在時刻は、丁度昼時だった。

「授業サボってたら、結構な時間寝てたんだな・・・。そういや腹減ってら」

起き上がろうとしたが、今日は弁当を持ってきていないことに気付く。

(しかも今月、小遣い残り少なかったな・・・。昨日新しいパーツ買ったからなあ)

これじゃ学食にも行けない、と溜息を吐く。
どうにもならないので、起こしかけてた体を再び横たえる。
腹が減って仕方がないので、それを紛らわす為にまた眠るか・・・。
そんなことを考えていると、突然何かが視界を遮った。

(白か・・・・・・相変わらずガキっぽいのはいてんな)

口に出したら間違いなく張り倒されるであろう事を考えながら上体を起こす。
首を回すと、そこに見覚えのある顔があった。

「よう、香織」

陣に香織と呼ばれたポニーテールの少女は星煉 香織(せいれん かおり)という。
陣のお隣さんで、幼馴染。
ちなみに童顔ではあるがスタイルは中々、学校一の美人と評判だ。

「よう、じゃないわよ! もう、授業出てないと思ったら、やっぱ屋上で昼寝してたのね!?」

香織の金切り声に、思わず耳を塞ぐ陣。

「悪ィ悪ィ。で、何のようだ?」
「もー・・・。で、お昼、もう食べたの?」
「食ったように見えるか?」

香織は陣のおどけた態度に、はぁ、と溜息を漏らす。

「やっぱり・・・。 千鶴おばさんと空也おじさん、旅行に行ってるんだったわよね?」
「俺を置いてな。おかげで毎日インスタントラーメンだ」

香織はまたもや溜息を漏らす。
ちなみに千鶴と空也とは陣の両親の名前だ。
二日前から、福引で当たった三泊四日北海道旅行に行っている。
香織が、持ってきていた鞄を開けてその中の何かを探す。

「そう思って・・・・・・、はい」

そう言って鞄から取り出した”何か”を放って寄越す。
陣はその洒落たナフキンに包まれた四角形の物体をしげしげと眺める。

「・・・・・・何だこりゃ?」
「何に見えるのよ」

陣は即答する。

「毒物」
「そんな物持ってくるわけ無いでしょ!!」

再びの金切り声に、またもや陣は耳を塞ぐ。
ちなみに先ほどの即答は時間にして役0.2秒。新記録だ。
香織は拗ねたような顔をして、陣から四角形の包みを奪い取る。

「もう!そんな風にふざけるなら、あげないわよ!」
「悪かった悪かった。で、一体何なんだそりゃ?」

陣の問いに、香織は再び溜息を吐いて呟く。

「・・・・・・お弁当に決まってるでしょ」
「は・・・?」

”何故か”顔を赤らめる香織と、彼女が抱えている”自称”お弁当を凝視し、そして一言。

「・・・・・・・・・食える物なのか?」
「喧嘩売ってる?」

こやかに微笑みながら額に青筋を浮かべる香織から視線を逸らしながら、冗談だ、と答える。

「で、くれんだよな? 俺、すげー腹減ってんだけど」
「・・・・・・あげるわよ。はい」

香織が包みを手渡すと、陣はすぐさまナフキンを解いて箱の蓋を開ける。

「おお!?」

陣が驚いて声を上げるほど、美味しそうなおかずがそこにはあった。
暫くそれを眺めてから、顔を上げて香織を見る。

「本当に香織が作ったのか?」
「そういう事言うなら・・・」
「いや、冗談だ」

鮮やかに視線を外して答える。

「あ・・・、そうだ。これ、おにぎりとお箸」

そう言いながら、もう一つの包みと割り箸を差し出す。

「おう、サンキュ。んじゃ、いっただっきまーっす!」

割り箸を割り、先ずウインナーを口に運ぶ。
一口で半分。
小気味の良い音がして、肉汁が口の中に広がる。

「・・・・・・美味い」

思わずそう言ってしまうほど美味だった。
これは市販の物をそのまま調理したわけじゃない。
調味料を使って、絶妙な味付けがなされている。
さらにその調味料も・・・って、これ以上詳しいこと書いたら別の作品になりそうなのでやめておく。
陣は玉子焼き、ミニハンバーグと、次々と口に運ぶ。
おにぎりも平らげ、あっという間に弁当箱の中身は空になってしまった。

「ごちそーさん」
「って、もう食べ終えたの!?」

同じように弁当を広げて食べていた香織が吃驚して顔を上げる。
ちなみに、彼女はまだ半分も食べ終わっていない。

「おう、なかなか美味かったぞ」
「え? そ・・・そう?」

陣の言葉を聞いて、香織が心底嬉しそうに微笑む。

「・・・・・・? どうした?」
「え!? う、ううん、なんでもないわ。 ・・・・・・ところで?」
「・・・?」

何かを紛らわした香織が、小悪魔的な笑みを浮かべる。
何か嫌な予感がする陣。

「お弁当、食べたわよね?」
「・・・・・・・・・何が言いたい?」
「んふふ・・・♪」

にやりと笑った後、ビシッ!と陣を指差す。

「放課後、商店街に買い物に行くから付き合いなさい!!」
「何!?」

嫌な予感が的中した。

「何で俺が・・・・・・」
「文句ある?」
「・・・・・・無いです」

反論しようとするが、ギラリと睨まれ、力なく頷く。
まるで蛇に睨まれた蛙の如し。
香織はやったぁ、と喜ぶが、陣は対照的に項垂れため息を吐いた。

「あ、そういえば・・・・・・」
「あ?」

香織が、ふと何かを思い出して呟く。

「知ってる、陣?」
「知らん」
「・・・・・・まだ何もいってないわよ」

仏頂面で即答する陣を見て、今日何度目かの溜息を吐く香織。
すると陣はいきなりおどけた表情になる。

「まぁ、それは冗談だとして」
(・・・・・・冗談だったんだ)

冷めた表情で、心の中で突っ込みを入れる。
いつものことなので、もはや溜息は出ない。

「なんだ?」
「うん。今日、私達のクラスに転校生が来たんだよ」
「あっそ」

香織の言葉に、陣は本当に興味がなさそうにあっさりと答える。

「・・・・・・陣、あっさり流さないでっていうか少しは興味持ちなよ」

額を押さえながら呟く。
疲れたを通り越して少し頭が痛くなってきた。

「っても転校生が来たくらいで世界が滅ぶわけじゃねーからなー」
「そりゃあそれで世界が滅んだら大変っていうか・・・もー良いよ」

香織は今日一日でもっとも深く重く溜息を吐いた。
彼女は本気で頭が痛くなってきていた。



放課後
陣と香織は、口約通り商店街に居た。
香織は買い物を思う存分楽しんでおり、陣は大量の買い物袋を持たされている。
陣はいい加減うんざりしてきたようだが、香織はまだ買う気満々らしい。

「おーい、そろそろ帰らねえかぁ」
「あーっ!ねぇねぇ、陣、アレ見てよ!!」
「無視かよ」

陣の言葉を聞き流した香織が一軒の店を指差しそちらへむかって走り出す。
げんなりしながら、陣もそれを追う。

「陣ー!何してんのぉー、早く来なってばー!!」
「へーい」

店先で、香織が大きく手を振って陣を呼ぶ。
答えて、陣は少し歩を早める。
最も、その足取りは両手いっぱいの荷物のせいで少々危なっかしいのだが。

「もー、おっそいよー!!」
「悪ィ悪ィ。で、何の店だこりゃ?」

頬を膨らませる香織の元にたどり着いた陣が、店を眺めながら聞く。
外装は小奇麗で、透明な自動ドアの向こうには買い物客の姿もちらほら見えるが、それだけでは何の店かはよくわからなかった。
最も、店名を書いた看板がちゃんとあるのだが、陣にはそれを読もうという気持ちは全く無い。

「もう、看板くらい読みなさいよ。
 ”Beautiful Accessory”
 つまり、アクセサリのお店よ」
「はー、アクセサリねぇ。んなとこよりよ、あっちのサテン入んねぇ?
 俺ぁ疲れたしそろそろ小腹も空いてきたし」

と、陣は近くにある喫茶店を顎で指す。
勿論意が通るなどとは思っていなかったのだが・・・。

「良いよー」
「へ?」

驚くほどあっさりと了承の言葉が返ってきた。
思わず間抜けな声を出す陣。
しかしそれには裏があるわけで。

「陣のオゴリならね♪」
「何ぃ!?」

陣が愕然としている隙に、香織はすたすたと喫茶店に入っていってしまった。
しまった、と陣は深い後悔の念に襲われる。

「だー、ちくしょぉ!俺、今月小遣い残り少ないんだぞぉ!!」

陣の非難の声も、香織には届かなかった。


喫茶店では陣はなるべく金を使わないよう、コーヒーだけ頼んだ。
が、香織が陣の想像以上に、ストロベリーパフェやらバナナパフェやら何やらを頼むので、陣の財布は壊滅的打撃を受けたのだった。

「あのなぁ、少しは遠慮しろよ。小遣い残り少ないってのにパフェ2杯に加えてケーキまで頼みやがって」
「お弁当作ってあげたでしょ?」
「割に合わねーよ、弁当1つとじゃ。太るぞ、ぜってー」
「大丈夫よ、私は陣と違って健康的な生活してるから」
「理由になってねえ・・・・・・」

そんな会話をしながら、喫茶店を出る。
俯いて大分軽くなった財布の中を見、溜息を吐いてから陣は顔を上げた。
喫茶店にいるうちに随分時間が経ったらしく、空は夕焼けで紅く染まっていた。

(そういえば・・・・・・)

陣は、ふと思う。
そういえば、屋上で昼寝をしていたとき、奇妙な夢を見ていたような気がする・・・。
細部はぼやけてて全然覚えていない。
ただ、覚えているのは・・・。
赤。
世界を覆う、血の様な、赤・・・・・・。

「・・・・・・・・・!!?」

突如、陣を強烈な頭痛が襲う。
たまらず、その場で蹲る。

「・・・・・・陣?」

怪訝に思った香織が声を掛ける。

「どうしたの? どこか痛かったりする?」
「い・・・や・・・、大丈夫・・・・・・だ」
「でも、凄い苦しそうだし、汗だって・・・」
「だから、大丈夫だって!」

そう言って、自分を気遣う香織を半ば押しのけるようにして立ち上がる。
痛みは、大分引いてきていた。
急激に噴出した汗で肌にべっとりと張り付いた前髪を手で払う。

(う・・・くそ・・・・・・、一体なんだったんだ・・・・・・・・・?)
「ねぇ、本当に大丈夫・・・・・・・・・?」

香織が、顔を覗き込んでくる。
その表情は、少し涙ぐんでいるようにも見えた。
どうやら、相当心配してくれたらしい。

「あ・・・、ああ・・・。心配すんなよ、何でも無ぇ」
「う・・・、うん、それなら良いんだけど・・・・・・」
「それよりよ」

涙目の香織の肩をぽんと叩く。

「そろそろ帰るぜ。もう随分遅い時間だ」
「え・・・あ、ホントだ・・・・・・」

香織が、自分の薄紫と白の女性用メダロッチを見て、時間を確認する。
実際、液晶に映る時間は6時半を回っていた。

「さーてと、このクソ重い荷物を持ってさっさと帰ろうかね」
「あ、陣、私も何か持つよ」

慌てて紙袋の内のいくつかを陣から奪い取る。
驚いて、目をぱちくりさせる陣。

「あ?どーしたんだよいきなり」
「え、だって・・・、陣、具合悪いんでしょ?」
「だから、何でも無いんだっての。心配すんなよ」

そう答え、香織の持つ紙袋を取り返す。

「あ・・・・・・・・・・・・」
「ほら、行くぜ」

陣はそっけなく言って歩き出してしまう。
香織が慌ててそれを追う。
追いついて並んだところで、少し俯いて呟く。

「ね、陣・・・・・・・・・・・・」
「? どうした?」
「あの・・・・・・・・・」

胸の前で手を組んだり親指を押し付けあったりし、モジモジしながら小さく呟く。

「その・・・、つきあって・・・・・・・・・・・・くれて、ありがと」

そう言った彼女は、心なしか、頬が少し赤いように思える。
最も、これは本当に彼女が言いたかった言葉とは違うのだが。

「なんだよ、いきなり。いつもの事だろ?」
「ん・・・、そうだけど・・・・・・」
「ほら、家だぞ」

そう言われて初めて気付いたが、いつの間にか家の前まで来ていた。
ちなみに、香織の家は陣の家のすぐ向かいにある。
陣は一度香織と一緒に彼女の家に上がり、香織の部屋に荷物を置いた後、家に戻ることにした。

「それじゃ、また明日な」
「あ・・・・・・、うん、また明日」

手を振ってくる陣に、香織も手を振り返す。
陣が階段を下りていって見えなくなり、少ししてドアが開き閉めされる音がした後、香織がポケットから何かを取りだす。

「・・・・・・・・・今日も、渡しそびれちゃったな」

香織は自分の臆病さと、陣の鈍感ぶりを思い溜息を吐いた。



「陽陰・・・・・・陣だな?」

香織の家から出てきた陣は、自分の家の玄関に向かおうとしたときに呼び止められた。
声がした方向に首を向けると、そこには自分と同い年くらいの少年が立っていた。
肩まである髪を、紐で縛っている。
自分とデザインの制服を着ているところを見ると天照校の生徒なのだろうが、陣は2年近い学園生活の中で、
彼の顔を見たことはなかった。

「あんた、誰よ? 俺ぁ、今から家に帰るところなんだがよ」

陣の問いに、少年は答えない。
変わりに、左腕に巻いた、赤と白のメダロッチを陣に見せる。

「・・・・・・・・・何、俺とやるつもり?」

その問いにも、少年は答えなかった。

「悪いが、今日は気が乗らないんでな」

そう言って陣は自分の家に入っていってしまおうとするが・・・・・・・・・。

「逃げるのか?」
「・・・・・・・・・何?」

少年の言葉に反応し、振り返る。

「・・・お前、なんて名前だ?」
「・・・・・・・・・明智 輝」
「明智か・・・・・・。気に入らねぇな、お前の物言い。まるで俺が臆病者みてーじゃねーか。・・・・・・・・・良いぜ、やってやるよ」
「ならば、付いて来い」

そう言って、輝が歩き出す。
陣もまた、それを追う。



二人の来た場所は、近所の公園だった。
陣は輝を睨みつけ、メダロッチを巻いた左手を口の前に持ってくる。
それと同じように、輝もメダロッチを構える。

「メダロット・・・・・・転送!!」

同時に、叫ぶ。
メダロッチから光が伸び、光球が形成される。
その内部で、ティンペットにネジやスプリングが自動装着され、そして、光が弾けた時、二体のメダロットが姿を現す。
奇しくも、二体のメダロットは兄弟機だった。
片方、陣のメダロットはサーベルタイガー型メダロット、STG-02 エクサイズ。
その名を、ロード。
輝のメダロットは百獣の王・ライオンを模ったメダロット、KLN-02 ユニトリス。
その名を、ディオ。
2対の獣が、暗がりに包まれた公園で対峙する。
闇に、碧と蒼の瞳が浮かぶ。

「行くぜ、ロード」
「よっしゃぁ!!」
「ディオ、始めるぞ」
「・・・・・・了解」

それぞれがそれぞれのパートナーに声を掛ける。
すると、

「合意と見てよろしいですね!!?」

どこからか、声がした。
陣が辺りを見回す。
すると、辺りの民家の屋根から、何者かが飛び降りてきた。
その者は空中で2、3回転し、華麗に地面に着地する。
思わず拍手をする陣。
ブラウスと赤い蝶ネクタイを身につけたその男性は、陣と輝に向かい礼をする。

「私ロボトル協会公認レフェリー、Mr.パレットです。
 ロード選手VSディオ選手のロボトルを始めちゃいたいなー、って思ったり思わなかったりするわけですがOK?」
「当然!」
「問題ない」

妙に軽いMr.パレットの言葉に陣と輝が同時に答える。

「そっれではッ!!ロボトルゥウウウッ!!ファイッットォオオオオオオオオ!!」

今度は妙に気合の入ったMr.パレットの号令を合図に、ロードとディオ、両者が行動を開始する。
まずは先手必勝とばかりに、ディオがダクトシューターを放つ。
正確にロードの頭部を狙い、宙を直進する弾丸を、身体を少し捻るだけで躱す。

「へっ、どこ狙ってんだ!?」
「挨拶代わりだ。・・・・・・今ので終わる程度の奴と闘っても仕方ないからな」
「けっ、その減らず口・・・・・・」

一瞬だけ深く沈みこみ、次の瞬間にはディオに向かい疾走する。

「すぐに聞けなくしてやるよ!!」
「!! ・・・・・・速い!!」

たった一歩で1m以上、凄まじい勢いで距離を詰めてくるロードに、的確に弾丸を放つ。
ロードはそれを、体制を崩さずに全て寸での所で躱す。

(・・・・・・流石は陽陰流格闘術免許皆伝・・・・・・と、言ったところか。一分の隙も無い)
「ぼぉっとしてんなよ、ライオン野郎!!」

気付くと、既にロードはディオの眼前まで来ていた。
左手を握り込み、振りかぶる。

「おおっりゃああ!!」
「ちぃッ!!」

ディオもまた、右腕を振りかぶる。
激突する、両の拳。

「ディオ、そのまま撃て!!」
「させるか!! ロード、飛燕脚!!」

弾丸を放とうとするディオの右の銃口。
だがロードは神速の速さで蹴りを繰り出す。
それによってディオの右腕は弾かれ、弾丸はあらぬ方向に飛ぶ。
そして次の瞬間、ロードはディオの胸部に右の肘討ちを叩き込む。

「・・・・・・・・・ッ!!」

そして、それから間髪いれずに・・・連撃!

「おおぉぉぉおッらあぁぁああ!!!」

裏拳、正拳、膝蹴り、それらがまるで嵐のごとく、雄叫びと共に繰り出される。
徐々に全身に蓄積されていくダメージ。

「く・・・、舐めるなァアアア!!」
「何!?」

ディオの左手が、ロードの右腕を掴む。
疾風のような連撃を捉えた。凄まじい動体視力と反応速度だ。
驚愕するロードに、たった一瞬生まれた隙。
輝はそれを見逃さなかった。

「ディオ!!」
「おおおおおおお!!」

絶叫。
シュートスフィアの銃口をロードの胸部に押し付け、放つ。連射。

「が・・・・・・・・・ッ!」

至近距離からの銃弾を受けたロードのボディがへこみ、抉れる。
衝撃で、ロードのセンサーが乱れる。

「ちぃッ、始めにインサルトを使っときゃよかったな・・・・・・!」

陣が呟く。
インサルト・・・・・・特殊な信号で相手の機能に干渉し、銃を暴発させる頭部の射撃トラップは、
KBTやKLN等の射撃主体のメダロットに対しては非常に有用な機能だ。
だが、今の肉薄した状態で作動させれば、暴発の余波がロードにも及ぶ。
ただでさえダメージを負っている今の状態では致命傷にもなりかねない。

「この・・・野郎ァ・・・・・・ッ!!」

ロードが呻いた直後、カチン、と金属音がして、シュートスフィアの弾丸が切れた。
舌打ちし、ロードの右腕を掴んでいた左手を離し、バックステップして間合いを取る。

「ディオ! レインフォース作動!!」
「了解・・・・・・」

輝の指示に短く答えた次の瞬間、ディオの蒼の瞳が強く輝いた。
そして・・・・・・。

「・・・・・・ッ! 速い!?」

ディオが、加速する。
KLN−02の頭部、レインフォース。
それに備わるのは、リミッターを外し、空気を触媒とし駆動する脚部パーツの能力を、一定時間、限界以上に引き出す機能だ。
脚部が熱を持つため、リミットが過ぎた後は冷却のため暫く移動不能になるが、
リミットが過ぎるそれまでのスピードは純粋な格闘型と同等・・・いや、それ以上!

「ディオ、リミットまでに倒せなければやられる。一気に勝負を付けろ!!」
「分かっている!」

走りながら、ダクトシューターを放つ。
高速で動いているにも関わらず、その弾丸は正確にロードに向かう。

「く・・・・・・ッ!!」

一発、二発、三発・・・・・・・・・。
次々と飛んで来る弾丸を、ギリギリの所で躱す。
しかし、やがてバランスを崩し始め、弾丸は身体に掠り始める。
頭部への攻撃はかろうじてガードしてはいる。
だが、そのせいで視界が利かず、ディオの姿を捉えられないでいる。
このままでは、まずい。

(こういう時はインサルトを使って・・・いや、起動させてる隙にやられる!! くそ・・・、どうする!?)

必至に考えを巡らせるが、良い方法が思い浮かばない。
陣は、相手が射撃型だと分かっていたのに、最初にインサルトを使用しするよう指示しなかった自分の愚かさを呪った。

たとえどんな相手でも、決して見くびるな。驕りは敗北に繋がる。

自分にロボトルを教えた人間・・・・・・兄の言葉が思い浮かぶ。

(畜生・・・! ・・・・・・・・・いや、考えろよ!!過ぎたこと悔やむよりも今どうするか、それを考えろ!!)

失敗を悔やむ自分に檄を飛ばし、最善の策を考える。
考えを巡らせた末に、思いついた方法。

(やっぱ、俺達にはこれしか・・・・・・ねーか!!)

顔を上げ、叫ぶ。

「ロード! 何時も通りで行くぜ!!」
「へっ・・・、その台詞を待ってたぜ!!」

嬉しそうに答え、ガードを解く。
そして、ぐっ、と、深く屈む。
驚き、ディオの動きが一瞬、止まる。

「・・・・・・? 何のつもりだ!?」
「!! ディオ!ダメだ!!」

輝が叫ぶ。
しかし、遅かった。
次の瞬間、ロードはディオの姿を捉え、駆けた。

「・・・! ちぃッ!!」

舌打ちし、再び走りながらダクトシューターを放つ。
ロードはもう、ガードはしなかった。
例え弾丸が当たっても気にせず、突き進む。
確かに相手は速い。
だが、集中すれば捉えきれないほどの速さじゃない。
そして、全力を出せば追いつける!!
そのために、もう自分を守らない。
徐々に、ディオとの距離が縮んで行く。
放たれた弾丸が食い込み、ついに右腕が機能停止した。
だが、ディオのミグレイターも最早限界だった。

「・・・・・・!! しまった、リミットが!!」

輝が、メダロッチの画面を見て言う。
ディオの動きが、止まる。
正確には、脚部だけが。レインフォースのリミットが過ぎたのだ。
熱を持った機体を冷却するために、強制的に脚部の機能が停止した。
ミグレイターの各所、装甲の隙間から水蒸気が吹き出る。
そしてついに、ロードがディオに並ぶ。

「く・・・・・・・・・」

ダクトシューターを構える。
だが、ロードの方が速い!
左拳を握りこむ。
身体を大きく捻り、振りかぶる。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

咆哮。
拳を振るう。
同時に、ソリッドハンマーが飛び出る!!
神速に近い拳速に、腰の回転と、打ち出されたハンマーの威力が加わる。
鋼鉄すら打ち砕くのではと思わせる衝撃が、ディオに炸裂する。
拳とハンマーが減り込み、装甲がひしゃげる。
ディオが、彼のボディが、吹き飛んだ。

「! ディオ!!」
『頭部パーツダメージ100%オーバー、機能停止・・・』

輝が叫ぶと同時に、彼のメダロッチから機能停止を告げる合成音声が聞こえた。
宙を舞い、地面に叩き付けられた機体の背部から、ライオンメダルが、ディオ自身が射出される。

「へっ、どう・・・・・・よ・・・・・・」

そして、同時にロードもまた倒れた。
メダロッチに表示された頭部の損傷率は、すでに98%を切っていた。
ロードは気力でなんとか踏みとどまっていたのだが、勝利を確信したことでその集中が途切れた。
ロードの背部からも、虎の魂が射出される。

「ディオ選手、ロード選手共に機能停止!! この勝負、ドローとします!!」

公園に、Mr.パレットの声が響く。
ふぃ〜、と、陣が溜息を吐いた。
屈んで、ロードのメダルを拾う。

「明智とそれに・・・・・・ディオ、だったな。中々やるな、おま・・・あれ?」

陣が顔を上げると、すでに輝は居なくなっていた。
ディオのボディと、メダルも、また。

「パレットさん、明智は?」
「あ・・・れま?どっこ行っちまったんやね? んまぁ、ドローならパーツの受け渡しも無いんで良いですべケド」
「・・・・・・前から気になってたんだけど、あんたどこの人間ですか?」
「ホワッツ?オラぁ生まれも育ちもこの鳴神町でござるが?」
「・・・・・・・・・・・・」

陣が、疲れた表情で頭を押さえる。
というか本当に疲れた。
もうこの人には関わりたくないという表情で、陣は帰路に着いた。



暗い夜道。
そこに、明智 輝は居た。

「・・・・・・すまんな、手加減させて」

メダロッチ・・・正確には、その中のディオに向けて話しかける。

「問題は無い。陽陰とロードの力を測るのに、最初から全力を出すわけにも行くまい」
「・・・・・・・・・ああ」

ディオの返答に、薄く微笑みながら肯く。

「流石は・・・と言った所だな。陽陰流格闘術、こちらでも極めているようだ」
「ああ。手加減していたとは言え・・・お前と互角以上の戦いをした」
「・・・・・・・・・しかし、あの様子ではまだ”フォース”を掴んではいないようだな・・・・・・」
「そのようだな。今の奴等はロボトルの腕は一流だが・・・・・・実戦では生き残れまい」
「もうじき”彼女”も帰還する。・・・・・・・・・それまでに、何としても」

ディオの言葉に一度目を瞑り・・・そして、見開く。

「そうだ。・・・・・・・・・・・・・・・戦いの時は、近い」

暗闇の中、その闇を凝視し、彼は呟いた。
空には、美しい月が輝いていた・・・・・・。